せめて荷物は軽めにしてるよ
僕は待ってるよ
いつだって待ってるよ
生きるって何だろう
そんな疑問の向こう側で
君たちの世界は 息をしているみたいだ
伝える言葉はないはずなのに
交わした約束は夢じゃない
誰にも 内緒だね
わかったよ 内緒だよ
いろんな予言書
そんな日まで 確かめるつもりもないし
僕は待ってるよ
いつだって待ってるよ
音楽はあるかい
恋愛はあるかい
聞きたいことは 山ほどあるから
せめて荷物は 軽めにしてるよ
子供の頃から 憧れてたんだ
いつか逢えると信じていたよ
僕は待ってるよ
いつだって待ってるよ
「SCENE」散文詩より
誰かに呼びかけているようなこの詩
読んだ人たちはどんな印象をお持ちだろうか
自分がこの詩に出会った中学生の頃は、
運命の人に向けられているのかと思っていた。
でもこの詩もまた、さまざまな歌詞やトークで出てくる
ASKAさんの「輪廻」の世界観をあらわしたものではないかと思った。
「生きるって何だろう」というのは誰しもが抱く疑問
度々ASKAさんも語る輪廻のこと。
それぞれの「生」には意味がある。
〈生きるって何だろう
そんな疑問の向こう側で
君たちの世界は 息をしているみたいだ〉
ただここで語られているのは
我々がそれぞれに生きている意味とは何ぞやというよりも
「生きている」というそのこと自体に意味があるのではないだろうか、ということ。
魂は自分の生まれるところを選び、そしてひとつの人生を送り、やがて閉じて、
それはまたいつしか繰り返される。
それが「人は誰も真っ直ぐ伸びた円を歩く」こと。
この詩の中で語りかけているのは現在の自分が、
過去や未来の自分自身の魂に語りかけているような…
もしかしたら、生まれ来る命かもしれない
<音楽はあるかい 恋愛はあるかい>
聞きたいことはたくさんある、
どんな人生を送ってきたのか、送っているのか
またこれからどんな人生が待っているのか。
でも魂に遭遇するのは現世(ここ)ではないどこか。
生きているときの自分がもつ様々なしがらみ<荷物>がない
まさに魂一つの状態だろう。
「生誕の情景」「birth」にも繋がるような
命のはじまりと繰り返しを思い浮かべる印象の詩である。
ただ、本当に言葉遣いや表現が柔らかで優しい。
深いことを考える前に心の中で唱えると
とても心地のいい散文詩だと思っている。